KMD博士号取得への道程
先日博士課程の学生をあつめて、博士号への道の説明があった。僕はあいにく三田で会議があって出席しなかったが、すこし流れを整理しておく。一度修士論文のついてのコメントをBlogで説明してるが、内容は同じようなことだ。それを博士号取得までの道のりを意識して説明している。いま博士論文指導をしているので、その流れに合わせて公開していく。
まずはKMDにおける博士号までの流れだ。
ステップ1:指導教授を決める
指導教授をきめないことには研究は始まらない。
ステップ2:研究プロポーザルを書く
博士論文のための研究プロポーザルを書く。研究テーマだけではなく、どのような方法論で行うのか、自分の研究の価値は何かをしっかりと記述する。これも詳しいガイドラインを作った。研究プロポーザルは審査をする教授と博士課程の学生の間の「契約」である。プロポーザルを書き上げた段階で、2名ないし3名の教員で審査委員会を発足させる。
ステップ3:予備口頭試問
書き上げたプロポーザルを認めるかどうかを委員会で審査し、学生に口頭試問を科して合否を決める。合格すると博士論文のための調査を開始する。
ステップ4:研究進捗レビュー
審査委員会は半年に一度研究進捗状況をレビューする。
ステップ5:ドラフト完成と外部メンバーによる審査
博士論文のドラフトを書き上げると、審査委員会はそれを審査し、その後外部メンバーに査読を依頼する。
ステップ6: 博士論文提出
ステップ7: 公開口頭試問
最後に公開の口頭試問を行い、合格すると博士となる。
というのが流れである。
暫く、ステップ1とステップ2に関して詳しく説明していく。
博士論文プロポーザルの書き方 その1
1:プロポーザルとは
KMDの博士課程の学生は博士論文に着手する前にプロポーザルを書くことを要求されている。ではプロポーザルとは何か。少し詳しく説明しておきたい。
プロポーザルとは何を調査するのかを詳細に説明し、そのために用いる方法を詳しく説明したものである。また調査対象として選択したトッピックが何故重要かを説明して、調査のために用いる方法が適切であることを説明しなくてはならない。主題と方法と関連研究のまとめ、である。
では、何故プロポーザルを書くのか。それは3つある。第1は何を研究するかを論文を指導する人に伝えるため。第2は研究計画として、そしてここが大切なのだが第3は契約としてである。順番に説明しておこう。
第1:コミュニケーション
まずコミュニケーション。博士論文をかくためには指導教授を選ぶ。指導教授と相談しながらプロポーザルを書くわけであるが、プロポーザルは審査委員会のメンバーに読んで承認をしてもらう必要がある。そのことを念頭に置いて書かなくてはいけない。
第2:研究計画
彼らは、オーストラリアアルプス地域に何を使うのですか?
次に研究計画としてである。博士研究は明確な方法に基づいてデータをそろえなくてはならない。そのデータは実験によることもあれば、観察によることもあるだろう。どのような方法でどのようなデータを入手するのかについて計画を立てなくてはいけない。その手順をステップごとに詳細に記述して無くてはいけない。
第3:契約
最後は契約としてである。プロポーザルは審査する教員と学生の間の契約の機能をもつ。審査委員会によって承認されたプロポーザルに従って学生は調査を行い、成果を出す必要がある。もちろん研究をしているうちに変えたくなることもあるだろう。その場合はあらためて承認を得なくてはいけない。内容を勝手に変えてはいけないのだ。
プロポーザルの書式については大学によって異なるがKMDはそれほど厳密に決めているわけではない。僕の指導を受ける学生は分野が自然科学、人文科学、社会科学、工学にまたがるのでもっとも一般的なChicago Munual of Styleに準拠するように教えている。大体A4で25枚くらいを目安にしている。結構長いのだ。
1: プロポーザルを書くには
1)指導教授と何をどうするか打ち合わせる>>できるだけ速やかに作業をはじめること。
2)下書きをかいて、修正をする>>思ったより時間がかかるので出来るだけ速やかに着手する
3)出来上がったものを審査委員会に提出して承認をもらう。>>口頭試問があるからその準備も必要
この流れに従って作業をする。当たり前の作業だと思うだろうが、実際には博士課程の学生はこのように進めないで迷走してしまうことが多い。なのでこのあたりをKMDでは制度化したのである。
2:プロポーザルを書くために:自分を知る
プロポーザルを書くためには次の基本的な質問に答えればいい。
1)調査をするための適切な質問は何か:リサーチクエスチョンはなにか。
2)答えをえるにはどうすればいいのか:リサーチメソッドはなにか。
しかし、リサーチクエスチョンを得るためにはリサーチサブジェクトが必要である。ではどのようにリサーチサブジェクトをきめるのか。この基本的な問いに答えることは意外と難しい。僕は何がしたいかを学生に聞くことにしている。すると大抵曖昧な答えが返ってくる。あるいは、論文の形式にとらわれていると、自分の研究主題の背景についてながながしゃべったりする。そうしたことを行わないで、何がしたいかをとにかく文章にしてもらう。その文章に対して、自分で質問してもらう。論文を書くための質問はいろいろな方法があるが、まずは5W1Hの質問をしてみる。自分のやりたいことが意外にいい加減なことが分かる。頭はやりたいことを理解しているが、それを他人に理解させるためには実は情報が不足している。つ まり自分自身の知っていることを明確にしないといけない。この作業は結構楽しい。この作業を通じて、自分の興味の対象を見つけ出すことが出来る。Questioningと呼ばれる技術だ。
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そのうち、自分が研究したいような領域が見えてくる。研究テーマ、つまりリサーチサブジェクトとは、独立して存在しているのではなくて、さまざまなことが絡み合って、それをリサーチサブジェクトとして意識している。なので、なにが自分の興味にとってふさわしいサブジェクトであるかは、自分と自分が興味のある領域の関係をしっかりと見据えないと出てこない。
まずはこの作業を行おう。
3:プロポーザルの構造
1)リサーチサブジェクトを紹介する
自分のサブジェクトが分かったら、それを紹介する文章を書く。これがプロポーザルの最初の部分だ。自分の興味がある領域について説明をすると共に、読み手が読んでいくために必要な情報を適切に導入する。Questioningでの作業が生きてくるところだ。説明が長くならないことと、びっくりするような専門用語を導入しないこと。これが肝要である。前提知識を要求しないである程度複雑なことを説明する。これをgentle introduction という。〜入門という感じだ。こうしたタイトルの本が結構出ている。ポイントは自分のサブジェクトに関してgentle introduction を書くことである。あとで説明するが、論文が成立させるのはサブジェクトにgentle introductionにくわえて、statement, rationale, そして背景を加えたときである。ほとんどの研究初心者は研究の背景だけを書いてサブジェクトの導入とするが、それではサブジェクトを読み手に「導入」できていないのだ。
さて、この段階でサブジェクトをどう表現するか、の問題がある。基本はサブジェクトを観察される事象の関数で示すことである。サブジェクトという実体を関数という抽象的な関係に置き換えて考える。慣れると何でもないのだが、わからないと全く分からない。ここがわからないと方法論の議論もうまくできない。この研究は何ですか、という簡単な質問に分かりやすく短く答えなければいけない。だが、ここに簡単に答えたから良いというものではない。研究の本質だと自分が感じるところをこの段階でも外してはいけない。この感覚をおしえるために、「質問が出ないような説明ではいけない」と教えている。「空は青い」といってしまえば、ああそうですかで� �わってします。間違いをおそれて一般的なことを言ってはいけないのである。読み手が「どうしてだろう?」という気持ちになり、それにたいして「なぜならば〜なのです」と答える形で議論が進んでいく形が好ましい。
またこの段階で、自分の研究が重要であることを主張する必要はない。学術論文はオリジナリティがあり研究コミュニティへの貢献が必要だ。だがその説明はもっと後に回して良い。どっきっとするようなサブジェクトを研究するということが読み手に伝わればサブジェクトの導入は成功である。関数概念がわかっていないと、サブジェクトの記述が難しくなる。ぜひ勉強しておこう。科学哲学の勉強がいるところだ。
2)リサーチの目的を紹介する
観察と結果の違いは何ですか?
何故この研究をするのかを明確なstatementにする。これは哲学的statementであり、自分の信念である。ここを文章にすることが難しい。当たり障りのない文章を書いてしまうからだ。このことを教えるために、「僕は」で始めろ、というテクニックを教えている。やりたいことを好きに書いてみる。そして、その頭に「僕は(あるいは私は)」とつけてみる。すると、文章が続かないことがある。その文章はstatementでは無いのだ。私がこの研究をおこなうのは〜〜だからです。という〜〜のところを文章にしておくのだ。つまり、私はこの研究をする。すると、どうして(Why)とつっこみが入り、なぜなら(Because)〜〜だからだ、となる。この簡単な論理的な流 れが作れるかどうかが、研究目的を上手に読み手に紹介できるかのカギとなる。どうしてこの研究をするのか、は大まかに分けて2種類ある。サブジェクトについて理解したい、という目的と、何かを改善したいという目的である。またここで個人的な思いや背景、つまり主観的なことも導入してかまわない。個人的な興味でも良いし、意識している社会問題でも良い。ポイントは「私は」という主観で目的を設定して、明確なstatementとすることである。自分の哲学の表明なのだ。
具体的なサブジェクトとそれを研究する目的を的確に書くのである。プロポーザルは単純さ(Simplicity)、明確さ(Clarity)、仮説が単純(Parsimony)であることが求められる。しかし、複雑な問題を時間をかけて解いていく訳なので調査者は自分が選んだ対象に対して濃密な経験を積み上げてしまっているので、簡単には記述できない。したがって複雑な問題を分かりやすく記述するという手法が必要になる。これはacademic writingとかcritical writingとか呼ばれる。この方法なしに論文を書くことは無謀な行為である。ここもぜひ勉強しておこう。
3)A rationaleを明快にする
さて、ここまできたら、rationalの説明である。修士論文における中間発表へのコメントでも述べたが、rationaleがないと論文は書けない。辞書をひくと論理的根拠とあるが、これでは何のことか分からないだろう。研究サブジェクトを選択した目的を明確にした段階で、その目的をどうやって達成するのかを説明する必要がある。これがrationaleである。そのためには論理的な枠組みと具体的な事実による裏付けの提示という二種類の作業が必要である。読み手が目的を達成するための調査は価値のある調査なのかどうなのかが判断できて、その調査方法はきちんと定義されているのかを理解できるような枠組みをrationaleという。
ここを上手に提案できるかどうかが論文を評価してもらえるかどうかの勝負である。サブジェクトを実体ではなくて関数で表現できていると作業は簡単になる。関数に関わる変数や定数、およびその関係を図で示せばそれがrationaleである。科学哲学的な言葉で言うと独立変数と従属変数を定義してあればいい。(ところでこの言葉をgoogleで検索すると数学的な説明が出てくるので混乱する。科学哲学的な理解でいいので、僕のBlogの説明程度でまずは理解しておいてもらいたい。)まずサブジェクトを構成している要素が定義されており、要素間の関係が関数概念で説明されていていればいい。そして、適切なrationaleとは読み手がいろいろな質問(クエスチョン)をしたくなるようなものである。プロポーザル� ��始めの段階でのrationaleはこの程度にしておく。
4)リサーチクエスチョンと仮説を提示する
そしていよいよ、リサーチクエスチョンである。リサーチサブジェクトとリサーチクエスチョンおよび仮説が無いと博士論文にはならない。だがここまでみてきたように、サブジェクトとクエスチョンまでの距離は意外と遠いのである。この段階でサブジェクトは関数として意識されていて、それを構成する変数も意識されていなくてはならない。意識されていなくてはならないというのは、かならずしも量的変化だけを変数が意味するというわけではなくて、考え方だからだ。変数はパラメーターと呼んでもいい。学会に投稿してここの表現を間違えると評価が下がる。
さて、ここでもstatementをつくるのだが、目的のところで提示したstatementとは異なる。ここでのstatementは研究に利用するデータの収集と分析の方法についてであり、リサーチサブジェクトの細部にわたるまで言及していなくてはいけない。質問調査をするのであればそれを示す。ただし、先行研究やパイロットスタディ(プロポーザルの前に自分が行った研究)によって、方向性を示すようにする。しかし、リサーチクエスチョンだけでは斬新な研究は出来ない。仮説の構築が必要になる。仮説は変数を組み合わせて、その結果を予測する形で表現されたものである。
まずリサーチクエスチョンをはっきりさせる。何を質問しているのか、なにを観察しているのか?そして仮説の形で入力する変数が関数をとおって出力するものはなにか?いずれにしてもここまできたら、方法論の問題は避けて通れない。これも難しい。また答えを得るためにはどうすればいいのか?リサーチメッソッドの分野にここに素手で飛び込んでいくのは難しい。科学哲学の助けが必要になる。ここについては改めて説明する。
とりあえず、ここまでをやってみよう。修士論文の書き方と会わせて作業を進めてもらいたい。
ここまでまとまったら、次は学問的オリジナリティと博士論文の価値とはなにかについて説明したい。またここまでを僕を指導教授としている博士課程の学生には宿題として出しているので、その答えの添削もここで紹介しながら進めていきたい。
今回はここまで。
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